煩悩まみれ大学生のイタい脳内

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新卒採用ですごいとかそういうのは存在しない

ここでいう新卒採用とはいわゆる日本式のポテンシャル採用のことだ。

そうではなく技能を伴った採用が行われるであろう、芸能界、スポーツ選手、美容系、医者などはレベルによって賞賛に値すると思う。

しかし日本における就活でもてはやされる銀行、商社、不動産、コンサル、メーカー、国家公務員などから出される内定はなんっっにもすごくない。

なぜなら、日本における新卒採用とは過去記事でも述べたように「素直さ採用」だからだ。自社の文化に染まり末永く在籍(かつ活躍)するかどうかのポテンシャルを見ているに過ぎないからだ。

そういった企業から内定取った学生といえど何の技能も持っていない。ゆえにそこには何の凄味も無いというわけだ。

したがって巷でよく交わされる「○○くん、どこそこに内定貰ったらしいよ!立派よねえ!」といった会話はナンセンス、馬鹿馬鹿しいことこの上なく、不毛なコミュニケーションにほかならない。

就活の善し悪しは真にその人の希望通りの仕事に就けるかどうかにかかっている。

日産の車を世界に広めることが自分の天職だと考える学生など存在するのだろうか。カゴメケチャップを世間にお届けすることが天職だと思う学生など存在するのだろうか。企業のSEOを向上させることが自分の天職だと感じる学生など存在するのだろうか。

 

 

そんな奴はいねえ。

 

 

そういうレベルで争ってる段階で就活の成否においては最低水準だ。大手企業とか社会経験とかそんなのは関係ねえ。

だからそのために得る学歴も無意味そのもの。大学生である4年間は、何か技能を身に付けることに使うべきだしそうなってくると大学生になることすら必要ない。本当に当たり前のロジックなのだが、旧態依然の学歴信仰によって、高校生が卒業後4年間の過ごし方について真剣に考える機会を失ってしまっている。

本来なら、高校生や中学生のころから自分の欲望に沿ってどんなことを仕事にしたいか真剣に考えて高校卒業後はすぐにインターンを始めてしまうのがメインの選択肢になるはずなのだと思う。

もちろんそこに、大学進学という選択肢もあっていい。お金を貰うのではなく払ってまで身に付けたい技能がある人はそれを選べば良いのだ。

 

てことで、そんな理想からかけ離れた現在の大学の存在や就活の形においては、すごさの「物差し」が変な方向を向いていてグニャングニャンに曲がっているから本来の価値を全く測れていない状態であり、新卒採用にすごいもなにも無いのである。