煩悩まみれ大学生のイタい脳内

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人に関わる仕事をしていなくても「大切なのは人」だと思ってるかもしれない

人材系や教育系の会社だったり人事の仕事をしている人たちにその動機を伺うと「大切なのはやっぱり人だと思った」などとのたまうことの多いこと。これに違和感を感じずにはいられないのだ。なぜなら、彼らはその会社或いは職種を選んだ理由としてそれを答えているからだ。それではまるで「大切なのは人以外の何か」だと思っている人が他の職種に就いているようではないか。「大切なのは人」などと我が物顔で言うなよ、他の職種でも人が大切なんだと心から考えている人もいるだろう、というのが俺の意見である。
ではなぜ「大切なのは人」と考えていながら異なる職種に就いている人々が存在するのか。人によって各々人生の流れに個人差があるだろうと思われるが、それを加味しても、この疑問には原因に足るものが3つある。
1つはこの文脈における人とはすなわち「人間関係」を指す点。
2つ目はその人間関係には「仕事の関係」「友人関係」「愛の関係」の3段階がある点。
3つ目は人によってその段階ごとに好みや適性がある点だ。
仕事の話である以上、人材系や人事で扱うところの"人"とは仕事の関係を指すだろう。しかしこの仕事の関係を苦手とする人は俺の肌感覚だがかなり多いのではないだろうか。職場には行きたくないけど、毎日友達とワイワイしていたい。こう考える人は間違いなく仕事の関係が苦手或いは嫌いで友人関係が得意或いは好きなタイプだ。あの好きなんだけど一緒に仕事してるとイラッとするんだよねーとか愚痴っちゃうあなたもそんなタイプだ。そしてこの友人関係に関してどういった職種の人は重きを置きがちでどういった職種の人は蔑ろにしがちといった統計データは存在しないし風潮すらもない。
さらにあまり友達は多くないけど奥さんや子供を溺愛しているタイプの人間もたくさん存在するだろう。そしてその愛情の度合いは言うまでもなく際限なく比較不可能なものだ。よって何の疑いもなく「大切なのは人」という信条が人材系・教育系・人事職に固有なものではないと証明できたと思う。彼らはあくまで仕事の関係において人と関わる適性があったのであり、友人や家族との関わり方において職種の致すところは全く無いのである。インタビューのタイトルなどでひと言にまとめるのは易くないかもしれないが、彼らの関心の要が「仕事の関係における人」であることを主張してくださると、より適当なニュアンスでそれが発信されることと思う。