煩悩まみれ大学生の脳内

当ブログのコンテンツは煩悩にまみれていますことをご了承ください。

忘れちゃった英語を簡単に復活させる方法

「この表現、英語でなんて言うんだっけな」

「この単語の意味なんだっけ…。」

「おかしいな。大学受験の時は覚えていたのに…!」

 

対象者は昔は英語ができた人

いいかい?昔は英語ができた人だけだ。

英語が昔から苦手な人ができるようになる方法ではない

 

このテクニックはあくまで昔の記憶を呼び戻すためのもの。だから元から覚えていないものは思い出せないし、英語以外の言語やひょっとしたら語学でないものにも一度覚えたことがあるのなら、応用することができる。

 

 

一番効果的に思い出す方法

外国語というのは使っていないと簡単に忘れてしまうものだ。しかも多くの人にとってその一度忘れてしまったものを復習するというのは苦痛だろう。他にもやるべきことやりたいことがたくさんあるからこそ、忘れてしまうほど手をつけてこなかったのだ。余分に時間を割くことになるし、その結果得られるものが大学入学前水準の英語力…。時間の使い方としてあまり魅力的ではない。

そこで使えるのが…

 

 

 

 

 

英語でテレビを観る

 

 

 

 

これだけ。騙されたと思ってやってみてほしい。

厳密にはテレビじゃなくてTSUTAYAで借りてきたドラマや映画でもいいし、ものによってはyoutubeの動画でも大丈夫だ。

 

何度も言うがこれは忘れてしまった記憶を呼び戻す方法なので、その思い出したい単語や表現がテレビに出てこないと意味はない。

 

記憶のメカニズムに忠実に従う

記憶がいかにして思い出されるか。それは関連付けに他ならない。

そしてなぜテレビが忘れた英語を思い出すのに適しているかというと、その関連付けが頻繁に行われるからだ。

あなたが例えばターゲット1900のような典型的な英単語帳を見るとき、きっと「succeed: 成功する (動)」のような情報ぐらいしか得られないだろう。

ひょっとしたら例文も載っているかもしれないが「所詮その程度」とあえて言おう。もしあなたがsucceedのようにピンポイントで単語や表現を思い出したいのなら単語帳や辞書、google翻訳を使えばいい。しかし昔のようにスラスラと英語を使いこなしたいと願うのであれば、たくさんの英語を思い出す必要がある。

テレビをみたときに一体succeedが登場するかは定かではないが、それに関連してまさしくたくさんの英語が出てくるだろう。

try, hard, impossible, challenge, give up, failure, come trueと「成功」に関する単語だけでも色々あるし例えば主人公が何か敵を倒そうとしていたり、途中ヒロインと恋に落ちるような場面があればそれら恋愛や感情に関する表現なども全て登場する。

そしてそれらの単語は全て同じ物語内で使われたものなので、芋づる式に記憶が呼び戻されしっかり定着するのだ。

1時間や2時間なら用意できるだろう。もし単語帳を使うとしても何時間も眺め続けるのは苦痛に他ならないし、10時間やったとしても昔のように、とはいかないのが普通だ。

 

先ほどyoutubeに関して「ものによっては」と書いた。youtubeは何か特定のテーマに関する短めの動画が多いので、あなたがその分野に関して重点的に復習したい場合以外はそのような動画は有用ではないからだ。

「関連付け」がキーワードなので偏った話題では記憶の呼び戻しが難しい。なのでyoutubeを使う際にもなるべく様々なトピックについて扱っていたり、投稿者がただ自室のカメラの前で喋り続けるだけのものではなく色んな景色を映していたり複数人が多様なアクションを起こしているものを選ぶと効果的だ。

 

 

いかがだろうか。忘れすぎちゃってて楽しめる自信がなかったり、だからといって日本語字幕付きで再生して結局勉強にならなかったりと心配するかもしれないが、案外たくさん思い出せる。

あなたがギリギリ覚えている数少ないものに関連する表現が出てきた瞬間、ズルズルと記憶が引っ張り出されるものだ。ぜひお試しあれ。

 

『心を動かす話し方』を読んだ--自分が相手に興味を持つ

新卒採用で俺をESで落としたドリームインキュベータの創設者、堀紘一氏著の本書を読んだので要点を4つにまとめた。

心を動かす話し方 (SB新書)

心を動かす話し方 (SB新書)

 

関心軸と知識軸

本書では終始、聞き手の心情を深く考えるよう記されている。

自分が何かを話すに当たって、それが相手にとってどんな情報なのか。それを考えるのに使うのが「相手の関心の有無×相手の知識の有無」だ。

それぞれ有と無で4つに分類できる。

関心無し×知識有りの場合:

これが最悪なパターンで、興味もないし知っているから新たな学びもない。

関心無し×知識無しの場合:

興味はないが相手が知らない情報を提供して聞いてもらえれば少しは価値がある。しかし「そんなことが聞きたかったのではない」と怒られることもしばしばらしい。

関心有り×知識有りの場合:

新たな学びを提供できないのでイマイチと思われがちだが、相手が興味を持っている分野の話であれば終わった後「今日はいい話が聞けた」と満足してくれるのだそう。

関心有り×知識無し:

これが最高なパターンで、堀氏のようにコンサルタントであればこれが醍醐味。

 

情報の最適な比率

関心有り×知識無しパターンが最強だと言ったが、「心を動かす」にはそれだけでは効果が薄れるらしい。人間は大事なところは集中して聞くしそうでない部分は流してしまう。なので上手く「流し聞き」用の情報も織りまぜる必要がある。

そしてその最適な比率は堀氏曰く、知識無し:知識有り=4:6だそう。

 

口下手な人

冒頭にも書いたが話を聞いてもらうにはとにかく相手が何を求めているのか、自分が相手に関心を持って探らなければならない。

なので堀氏は、口下手な人は単に相手に関心がなく、相手の為に何か助けになるようなことをしようという気概がない、不誠実な人であると表現している。

俺は正直口下手なのであるが、まあそうだな、と思った(笑)

そもそも人生の充実を「どれだけ相手の助けになれたか」という点に口下手でない人と比べてあまり依存していないというのが根本にあると思う。

本来は耳が痛いと思わされるのかもしれないが、ここはすぐに根本の理由が見えたのであえて堀氏の主張を俺は支持する。

 

共通の経歴について

初対面の商談相手などが同じ大学の先輩であったりしたら、そのことは自分からは言わない方がいいと本書には書いてある。

理由は単純で「私あなたと同じ大学の出なので高く買ってくださいよ(あるいは安く売ってくださいよ)」という流れが見え見えだからだ。

打ち解けたいから、などと言ってもなぜ打ち解ける必要があるのかといえば商談でゲタを履くためである、としている。

この点は若造な俺には判断しかねるが、堀氏の経験に基づくものなのだろう。堀氏曰く、そういった共通点などは後から小出しにしたり、たまたまそれを言うような流れになってから言う方が効き目があるらしい。

まあたしかにそんな気もする(笑)

語学学習サービスFabulo

概要

 写真や画像を用いてオフラインでぽちぽち単語を中心に外国語を学習できるサービス。

iOS版とAndroid版がある。初回購入制なので月額で課金する必要はない。

Learn Spanish - Fabulo

Learn Spanish - Fabulo

  • Hallberg Ryman
  • 教育
  • ¥120

 

 

Learn German - Fabulo

Learn German - Fabulo

  • Hallberg Ryman
  • 教育
  • ¥480

 

 

Learn Polish - Fabulo

Learn Polish - Fabulo

  • Hallberg Ryman
  • 教育
  • 無料

 現時点でタガログ語スウェーデン語、ベトナム語ブルガリア語、セルビア語、ボスニア語、フランス語、ポルトガル語ハンガリー語ギリシャ語、イタリア語、英語、スロバキア語、クロアチア語チェコ語、ロシア語、リトアニア語、ラトビア語、オランダ語スペイン語ポーランド語、デンマーク語、ドイツ語が学べる。

元々スウェーデン語版から始まったものと思われ、北欧系の言語が充実しているようだ。また、上にラインナップされている言語からはどの言語も学ぶことができる。つまり例えばラトビア人はラトビア語でベトナム語を学べる。逆も然りだ。これはかなり珍しいと言えるだろう。

一方でここに無い言語、つまり日本語や中国語ではどの言語も学ぶコースも存在しない。よって日本人の方は英語を使って学習していくことになるだろう。

 

良いところ

まず挙げられるのが手軽さだ。アプリが軽くて非常にサクサク動く。学習中に途中でやめたりしばらくスマホを放置したとしてもまたその中断したところから瞬時に再開できる。BabbelやDuolingoのようなハイスペックサービスには無い利点と言えるだろう。起動や読み込みに時間がかかるのは案外ストレスになるので考慮を勧める。

また、様々な項目があり好きな順番で学べる。しかも包括的に所謂順番通り進める機能も付いており、"All Words"というのを選べば細かい仕組みは不明だが、基本的な単語と並行して自動で別の項目の単語や表現も混ぜてくれる。

 

悪いところ

文法はあまり学べないと言えるだろう。単語がメインなので現在形が中心であることに加え、欧州言語に多い複雑な動詞変化を省略するために現在進行形の文章がほとんどだ。例えばスペイン語だと

Yo leo un libro. →Yo estoy leyendo un libro.

Tu lees un libro. →Tu estas leyendo un libro.

El lee un libro. →El esta leyendo un libro.

Yo bebo l'agua. →Yo estoy bebido l'agua.

Tu bebes l'agua. →Tu estas bebido l'agua.

El bebe l'agua. →El esta bebido l'agua.

アポストロフィは省略。アプリ中にはちゃんとあります。)

のような形になっており、動詞estarの活用と動詞の不定形の作り方さえ覚えれば進められるスタイルとなっている。

このスタイルは一概に悪いとは言えず、複雑な動詞の活用を後回しにして頻出の単語や表現をざっと覚えてしまう方がより早く理解度を上げられるとも言われている。なのでその辺はあくまで個人の好みに委ねるとして、Fabuloは文法学習用ではないことを頭に入れておこう。ドイツ語の冠詞の変化などは文章中に登場するので言語によっては文法面でも恩恵を受けられる。

 

また、文字や発音を学習するコースは一切ないのでスラブ系や北欧系の言語を学ぶときは先に文字と発音をマスターしてから利用しよう。

 

こんな人が向いてる

  • 月額課金に抵抗がある
  • サクッと単語だけを覚えたい
  • 特定の分野を学習したい
  • 文字と発音は既に自分で覚えた
  • 他に参考にできる文法書やサイトを見つけている

 

いかがだろうか。大学などで第2外国語を履修しておりテスト前に復習するにはちょうど良い作りだと思うので、単位を買うつもりで一度試してみては。

第2外国語がこれから流行る理由

 

英語が当たり前だからこそ第2外国語がいい

 「英語がグローバルスタンダードである」

これはもはや常識だ。スタンダード。当たり前ってことだ。

だからこそ俺は英語以外の外国語の習得が価値を持つと思っている。

 

これは簡単な話で、例えば日本で教育を受ければ国数理社英はある程度のレベルで習得するわけだ。

でも実際に金を稼ぐのに使えるのは例えば金融に関する知識であったり、プログラミングの技術であったり、洗練された歌声だったり、ユーモア溢れるお笑いコントだったりする。

 

つまり英語力、英語で仕事ができるという能力ではなく、スタンダードになっていない第2外国語が価値を持つんじゃないか、そう考えている。

 

もちろん今はパラダイムシフトの中途にあり、英語力はある程度金になる。まだまだスタンダードになっていないからだ。

これと同じことが、完全に「英語がグローバルスタンダード」になった後、第2外国語で起こる。

 

実際に、世界でも英語を使えるレベルで習得している人は思っているよりも少ない。

 

俺は行ったことがないから定かではないが、英語を覚えやすいと言われるヨーロッパ人でさえ、イギリスオランダと北欧3国を除けば、半分近くは英語を使えないと言われている。

ドイツでさえ、フランクフルトやハンブルクの郊外では人々はほとんどドイツ語しか話さない。(←親父談)

スペインのカタルーニャ地方ではアイデンティティーを維持するため、スペイン語に加えてカタルーニャ語が教えられている。英語にまで手が回らないのだ。

 

俺が訪れた国の話をしよう。

英語圏では、韓国のソウルと、ベトナムハノイホーチミン、タイのバンコクを訪れた。

 

韓国では北朝鮮国境近くの町を散策したことがある。

俺は韓国語が話せるので、道に迷ったり置いてある機器の使い方が分からないときは現地の人に何かと助けてもらうことができた。

そうはいっても俺にとっては英語のほうがよく使えるので、より詳しく説明してほしいとき、英語を話せるか聞くと答えは노ㅋ(ノーw)だ。

この町のような田舎では、そこらに置いてある暖簾や看板に、英語は存在しない。

現地語が分からなければ、そこにある建物が何のお店なのか、何がお買い得なのか、知ることはできない。

 

ベトナムでは首都ハノイの下町を散策した。

俺は(顔はベトナム人だが)ベトナム語は分からない。

だから韓国のときと同じように道を聞きたければ、英語で聞くしかなかった。

もちろんタクシーに乗ればいいのだが、地名や路地がよう分からんので大体の目印に着いたあとは適当に歩くしかないのである。

 

案の定迷子になるので警察官に道を聞くのだが、これまた案の定ほとんど話してくれない。

ある親切な婦警の方が一生懸命案内してくれたが全てベトナム語だった(笑)

連れが何故かうんうん頷きながら聞いていたので、めっちゃ案内してくれた。ベトナム語で。

方向はわかったので全く逆の方向に行って地球を1周することは免れたが、結局その辺にいたアメリカ人カップルをつかまえて案内してもらいホテルに辿り着くことができた()

 

ベトナム飯は美味いので色々食べてみたいのだが、俺はPHO(フォー)(本当はもう少し色々な記号が付いている)しか理解できない。

フォーには鶏肉を入れることもあれば牛肉を入れることもある。

ホーチミンの路地裏でフォーを食べに寄った屋台では、発音の癖の違いのせいなのか、「ビーフ」が伝わらないのでピンクい肉でなく濃い赤色の肉を指差して注文した。

 

 

まあさして大したエピソードでもないだろう。単に言葉が通じない。これはこれで面白いもんだ。

でもこれで片付けるのはもったいない。

 

もしベトナム語が分かって、町中のベトナム語を読むことができたら、彼らの生活をもっともっと深く知ることができたはずだ。

なんだか雰囲気が怖くて足を踏み入れなかった路地にも、言葉がわかれば気付いたであろう素敵なお店に出会えたかもしれない。

 

言葉が分からないだけでこうして簡単に、人生を豊かにする機会を失うんだ。そしてそれは英語ができるだけでは案外、防げないものだ。

 

別に外国語力だけを美化したいわけではない。

冒頭で挙げたコーディングスキルや美的センスももちろん大事。

でも語学力だけは、近年の英語偏重によって過小評価されていると思う。

確かに英語がスタンダードになる前は英語力は価値があった。相対的に第2外国語の価値は下がる。

しかし間もなくその時代は終わる。英語が文字通りスタンダードになりつつあるからだ。

その後に第2外国語が価値を持つのは先に述べた通り。

これから、価値を持つようになる。もう間もなく需要が生まれる。これが俺が第2外国語の重要さを主張する所以だ。

 

自動翻訳技術

 「そうはいってもハゲ、Google様がせっせと自動翻訳技術を向上させているではないか。カメラに写った文章を翻訳して表示する機能も見たぞ」

そんな声が聞こえてきそうである。

確かに。難しいと言われていた日英翻訳も劇的に向上している。

 

それでもなお俺は第2外国語の価値を主張する。

 

細かく事の段階を書くと長ったらしいので結論から述べると、「人の温かみ」をもたらすことにより価値を持つと考えている。

機械化によって効率性が極限まで達成されたとき、人々は人間味を求めるようになる。最近ではそこら中で言われていることだ。

 

英語の台頭と自動翻訳技術の向上によって、人々は英語や機械を通して意思疎通ができるようになっている。

考えてもらいたいのは、もし、自動翻訳技術が高度に普及したときどんな世界になるかだ。

前提として、あまり先の世界を考えても即効性のある需要がないので、「ある言語と英語」の自動翻訳技術が満足の行くレベルまで向上し普及した世界を想像してほしい。

 

人々は国境を越えてビジネスを行うにあたり、機械と英語を通してコミュニケーションを取るだろう。無駄はない。完璧だ。

 

完璧。

 

完璧だが、それではどこで競合他社に差をつけるんだ?

 

もちろん、より優れた提案をすればいい。確かに。できるならね。できるなら。しかしできる確証はないだろう。

 

そんなとき、他社と違ってわざわざ自国の言葉を覚えて近づいてきた人を、そのクライアントは冷遇するだろうか?

 

もちろんそいつが自国の言葉を話せたところで利潤は増えない。もしかしたらほんの少し他社のプランのほうがいいかもしれない。

 

でもきっと、そのクライアントは母国語でおしゃべりできるほうを選ぶんだ。

 

あまりに定性的すぎる?納得できない?論理的に飛躍がある?

少なくとも国産の食材や国産の車が大好きな日本人なら、オールジャパンとか言って人件費垂れ流しながら意味不明な意地を張る日本人なら、そのときになってみれば分かると俺は思う。

 

単純におもしろいので勧めたい

これまでお金になるとか、価値を持つとか、需要が生まれるとか、割とドライな話をしてきた。

人間味がどうだといった話も結局ビジネスを念頭に置いたもの。

いくらそんなことを言われても、それ自体が苦痛なら人々は手を出さないよね。おっさんやOLがいつまで経っても痩せないのと同じ。俺はコーディングが苦痛だからエンジニアにはなれない。

 

でも外国語は、おもしれえんだ。とにかく。

 

あなたが何に関心があるかわからないけど、例えばフランス語だったらちょっと覚えるだけで女子が好きそうな雑貨に書いてあるよくわかんない文字列の意味がわかるようになる。

スペイン語だったらアメリカにはやたらとスペイン語由来の地名とか多かったりするし、日本国内でも飲食店の名前が実はスペイン語なことがよくある。「あ、このお店壁が白いからカサブランカなんだw」みたいにね。

街にあるハングル文字やキリル文字アラビア文字。読めない人にとってはただの落書きと変わらないというかそれゆえにもはや存在すら認識していないかもしれないけど、それが読める人はいつもそれらからも刺激を受けている。

 

他にも、外国語は英語だけしか、という人にとっては文法上しばしば直訳が可能な韓国語や、韓国語がわかる人でも欧州言語でありながらたまに直訳したような文章になるドイツ語などは、それを体感したとき言葉がヌルヌルと脳みそに入ってくる感覚は何にも代え難いだろう。

 

さらに、外国語を人生のピースのひとつに加えることは我々の心を楽にさせてくれることがよくあると俺は思う。

なんていうか、新しい世界へのアクセス権を獲得したような感覚が、自分に逃げ道を与えてくれる気がして、ワクワクさせてくれる。

日本で食いっぱぐれそうでも、インドネシア語ができれば有り金持ってジャカルタ行ってひっそり暮らせるなとか、ソウルの安いコシウォンでしばらくやり過ごすことも選択肢にあるなとか、とにかく最悪の事態を改善させてくれる。

例えばエンジニアだったら、フリーランスでも稼ぐレベルのスキルを身につけるにはそこそこの努力が必要だと肌感覚で思う。

画家やバンドマンだったら、どうしてもその時自分がいる場所の人たちからお金をもらうことになって、物価の差の恩恵を受けられない。

もし仮にフリーランスエンジニアになるスキルがあったり、アーティストとして日本で打ち出の小槌を作ることができたとしても、いつでも自分には外国に移って生活コストを下げ、QOLを高く保つ、そんな選択肢が自分にはある。

やばくなったらいつでも外に逃げればいい。そう思えるだけでも人生は少し豊かになるはずだ。そういう力が語学にはあるよ。

語学学習サービスDuolingo

概要

オンラインで外国語を学習できるサービスの代表格。最大の特徴は無料で全てのコンテンツを利用できる点だ。

Web版、iOS版、Android版があり、インタラクティブな仕様になっている。

www.duolingo.com

 

主に使用言語と学習言語の間で翻訳を行うことによって学んでいくことになる。

かなり多くの言語を学ぶことができる。現時点で、

スペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、英語、ポルトガル語オランダ語アイルランド語デンマーク語、スウェーデン語、ロシア語、スワヒリ語ポーランド語、ルーマニア語ギリシャ語、エスペラント語トルコ語ベトナム語ヘブライ語ノルウェー語、ウクライナ語、ハンガリー語ウェールズ語チェコ語

が学べる。これらは英語によって学習する。日本語から学べるのは英語のみだ。

このほかにも韓国語やインドネシア語なども着々と開発が進んでいるようだ。

さらにDuolingoはHigh Valyrian語やクリンゴン語といった架空の言語もその対象となっている。それら架空の言語は、ある映画に登場した民族や宇宙人が使っていたものが言語学者たちによって既に体系化されている。当然それらを母語とする話者は実在しない。

 

良いところ

冒頭にも書いた通り無料であること。このクオリティーで全コンテンツへのアクセス権を手に入れるには通常は月額10ドル程度かかるだろう。

なぜ無料で提供できるかといえば、概要にも書いた通り本サービスは翻訳が学習の手段になっている。実はそのあなたが訳したものはネット上の文章を次々に翻訳しているのだ。詳しい仕組みは置いておいて、Duolingoは自社が受託した翻訳業務の一部をあなたに翻訳を委託している。なのであなたの学習工程がそのままDuolingoの収入に繋がっているので利用料金は請求されないという超画期的なビジネスモデルだ。

 

Duolingoは目の前のコースをクリアしていくことで次に進める、スーパーマリオのような仕様になっている。実際のインターフェースもなんだかポケモンのジムバッジが並んだような感じになっており、ゲーム感覚で進められる。

また、他の学習者とコミュニティーで繋がることもできる。日本国内ではまだまだ利用者は少ないが、海外の人たちが本当に毎日進捗を生み出しているのを見れば三日坊主を予防できるかもしれない。ひとつ伝えておきたいのが、自分が選択しているコース中ではそのコースのコミュニティーしか見れないという点だ。つまり英語でフランス語を学ぶコースでは例えばLearn FrenchやFrench Learners in USといったような部屋しか出てこない。しかし英語でスペイン語を学ぶコースや日本語で英語を学ぶコースにスイッチすればLearn Spanishや英語の勉強といったコミュニティーにアクセスできるだろう。

 

そしてやはり学習できる言語の多さは圧倒的だ。架空の言語を取り扱っているサービスはまずないし、ヘブライ語ベトナム語を扱っているのも、他で言えば東京外語大言語モジュールくらいだろう。

 

悪いところ

つい最近までは完全無料であったが、上で紹介したモデルが通用しなくなってしまったのかアフィリエイト広告が入るようになってしまった。そしてそれを削除するには月額課金をしなければならない(笑)

人によっては特定の分野についてだけ学びたい場合もあるだろう。そのような人はDuolingoに向いていないと言える。なぜなら先ほどスーパーマリオのようにと紹介したがそれは裏を返せば順番通りにしか進めていけないということでもある。例えば経済分野の表現を学ぼうとしても先に家族構成に関する単語や虫の言い方を学ばなければならない。一応ShortCut機能もあるが、それはそこまでのステージのテストに合格する必要がある。つまり結局は家族構成や虫に関する知識が頭に入っていなければならない。

 

また、ロシア語やヘブライ語は自分で文字を覚える必要がある。少なくとも確認した時点では、文字を覚えていることを前提としているか非常に覚えづらいレッスンになっていた。

 

さらに学習スタイルとして例えばLa casa es blanca.のような文章が出てきてそれをThe house is white.と訳す形で進んでいくので、文法事項などを包括的に教えてくれる訳ではない。(esなどをタップするとis, to beのように辞書機能的なものが出る)

Web版で見るとYo soy/ Tu eres/ El es...のようないわゆる教科書っぽいものを見れるがスマホでは見られないことは頭に入れておこう。

こんな人が向いてる

  • お金をかけたくない
  • ゲーム要素があると捗る
  • とりあえず包括的に学びたい
  • ハンガリー語などマイナー言語に興味がある
  • 翻訳のような実践的な工程が好き
  • 文字は既に自分で覚えた
  • 他に参考にできる文法書やサイトを見つけている

いかがだろうか。筆者としては日本語で学べる言語が早めに増えてほしいし、インドネシア語アラビア語など割と需要のある言語がまだ開発が進んでいないようなので、今後の発展に期待している!

コンフォートゾーンに留まった方がいいとき

https://www.thriveglobal.com/stories/13128-when-you-should-stay-right-inside-your-comfort-zone

この記事は上記サイトの要約と私的な見解を加えたものです。

 「コンフォートゾーンから出た時にだけ、人生は豊かになる」「コンフォートゾーンの中では成長は得られない」「コンフォートゾーンの中にいるとしたら、あなたはいま何も学んでいないということだ」

このようなことがささやかれるのはもはや日常となっているが、必ずしもそれは真理ではなく、時には自分のコンフォートゾーンの内側にとどまっった方がいいときもある。それは以下の3つのような場合だ。

 

1. 常にコンフォートゾーンから出てしまっていては、その学びに値するものの多さに圧倒されて押しつぶされてしまう。

人間は緩急が大事なんだ。集中するべき時は集中し、そうでない時は気を抜く。あなたがいま抱えている他のタスクとのバランスを気にかけ、時間とパワーを上手く配分しよう。

そうでなければあなたの学びは非効率なものになってしまうだろう。

 

2. 何事もタイミングってものがある。

1に通ずるが、例えばもしあなたの家族が危篤に陥っていたりしたら無理に他のことでコンフォートゾーンを出る必要はない。あなたはすでにいっぱいいっぱいなはずだ。

その問題が落ち着くまでは新たなチャレンジは一旦置いておこう。

 

3. 自分のキャパを認識すべきだ。

中にはほとんどの時間をコンフォートゾーンの外で活動できる人もいるが、中には多くの時間をコンフォートゾーン内で過ごす必要がある人もいるしその中間もいる。

コンフォートゾーンの外に出る恐怖から逃げてはいけないが、あなたがやろうとしていることがあなたにとって単純に扱いきれる量なのか、他人に惑わされず考えよう。

 

最後に、あなたのコンフォートゾーンを広げるのに、魔法は存在しない。大事なのはあなた自身(のキャパ)についてよく認識し、何があなたにとって意味あるものなのか考えるべきだ。それは常にコンフォートゾーンの外にいる活発的な人の真似をすることかもしれないし、うつ病と診断された人のようにしばらく自分の慣れた場所で時間を消化することかもしれない。全ては人によるし、その時によるんだ。冷静に、自分の心だけに問いかけ、考えよう。

『カラマーゾフの兄弟を読んだ』--宗教観を育む

この物語は昔のロシアのある地主家族の話で「宗教を信じない次男(イヴァン)」と「将来は神父にでもなりそうなくらい敬虔なキリスト教徒である三男(アリョーシャ)」の対比がメインになっている。

イヴァンの主張

昨今、特に日本では大体の不思議なことが科学で証明できることから無宗教な人が多い。欧州サッカーを見ていると選手がよく天に祈りを捧げたり胸に十字架書いたりしているので、科学の発展した先進国でも未だに深く何かを信仰している人は多そうだけどね。

でもその次男の言い分は思っていたものと違った。次男は、神の存在自体は認めていると主張していた。その上でそれを信仰しない。つまり自分は無宗教であると。

理由はその神が創造した世界、つまりこの世とあの世の仕組みを許容できないからであった。

 

不完全なキリスト教

多分これは、仏教とか他の宗教だと少し話が違ってくるのだと思うが、なんかキリスト教には「罪を許せ」とかいう概念がある。さすれば自分もそいつもあの世で平和に暮らせるとか。次男は、その悪いことをした人もあの世で幸せになれるシステムを認めたくないと言っていた。

例えば、ある家族の子供が暴漢に殺されたとする。しかしキリスト教の概念ではその殺された子供の親も含め、暴漢を許してやらねばならない。なぜならその親や他の人間も、生きているうちに何かしらの罪を犯すから。その暴漢を許してやれないようでは、自分も天国で幸せになれないよと。

もしその仕組みが真実であったとしたら、その暴漢やこの世でなんだかんだ色んな罪を犯してきてしまった親たちは、あの世に来たら永遠に幸せに暮らしていくだろう。そしてそこには当然、何の罪も犯さずただ殺されてしまったかの子供もいる。その子供は果たして、暴漢や親や他の罪を許された悪い人たちをどんな目で見るだろうか。確かにあの世は平和である。しかしその子供の心は永遠に穏やかでないだろう。

その子供のような人はどこかに必ず存在する。だから自分は神が作った世界を認めず、無宗教なのだ。それが次男の主張だった。

 

無宗教者としてのエゴ

この主張を受けて三男も改宗(というよりも解宗?w)するかと思われたが、次男の主張はそれに止まらず、神によって裁かれないが故にこの世においては何をしても許される(当然罪を犯せば法廷裁判の対象にはなるが死んだ時に何かが起こるわけではない、という意味)、だから常識では許されないようなこと(物語中では次男父親に殺意を持っていた)も自分はできる、というのが次男の考えでありアリョーシャは同意しかねた。

物語中ではこの三男も結局教会を出てしまうのだが、普通の日本人ならこの話を読んで「キリスト教の仕組みはやっぱり変なので自分は信仰など絶対にしないだろうが例え方で裁かれないとしてもやっぱり殺人はためらうよね」という印象を持つのがほとんどだろう。きっとその感想はすごく適切で、それが本質なんだと俺は思う。

結局宗教も膨大な数の人間社会に一定秩序を保って統制しようと思ったら神話でも作ってそういうものなんだと教えてしまうのが昔は手っ取り早かった。それだけの話だと俺は思った。

 

他の本の知識を思い出してみる

Metapsという会社のCEOが書いた『未来を先回りする思考法』でもたしか言及されていたと思うのだが、人間社会はいつも新しいテクノロジーの伝搬によって変化し、そのテクノロジーが普及する条件はそれがその時の社会で必要とされていることである。

かつて狩猟生活を送っていた人類は地域によって差こそあれ順次より生存確率の高い農耕生活を取り入れてきた。次第に村のようなレベルの高い組織が生まれ、統率の必要性が高まっていく。キリスト教をはじめとして多くの宗教はそのニーズが高まったタイミングで発祥し、広まった。

大きな組織の秩序を保ちたいニーズと、簡単に人々を統率できるレベルの高いテクノロジー、二つの側面を強烈に持っていたのが宗教であり、それゆえ現代でも一部の人々の血肉となっている。似たような流れが『銃・病原菌・鉄』という本にも書かれている。

 

俺の結論

要は宗教も所詮、現代で言うインターネットとかスマホと同じなんだ。すごく便利だけど、今は科学とかしょーもねえ自己啓発とか色々あるから、組織の統率で宗教だけに頼る必要はない時代だということ。黒電話とかガラケーを使わなくなったのと同じように、宗教もいずれは使われなくなる時が来るし、今はその過渡期なんだろうね。

黒電話やガラケーがきっと昔は超便利だったけどそれでも連絡手段としてまだまだ足りない機能があって、だからこそスマホが生まれた。宗教も同じで、たまたま2000年前に史上最高レベルで流行ったひとつのテクノロジーにすぎなくて、不完全なところもあるんだよね。

だからかの次男のようにその不便さに気づいた人はそれを好かないし、時代や地域や人、それぞれが置かれた状況によってはそれを真理と称しても差し支えがないくらい宗教がフィットすることもある。

ゆえに俺自身は宗教を信じないし、そうであっても世界にはそれを信じている人がいることをごく当たり前のことであると受け入れるのが、最も理にかなっている。無論、神父だろうと預言者であろうと我々のような無宗教者の存在を受け入れる必要があると言えるだろう。

世界には例えばサウジアラビアのように無宗教者の入国を拒む国も存在するが、それも所詮ポジショントークだと俺は思う。国民を統率するために宗教という技術に重きを置いているが故に、そうするのが最適な状況に置かれているが故に、生まれる政策なんだろうね。

つまり結局大事なのは自分にとってそのときと未来とを見据えて何が、あるいは何をするのが最も効用が高いかだ。だから「人を許す」とか「豚を食わねえ」とか「子供の頭に手を乗っけねえ」とか「正月は神社に行って賽銭箱に小銭を入れる」とか「日本でクリスマスを祝う」とか、それを自分がやるかどうか、従うかどうかは自分が何教信じてるとか神がいるだいねえだは関係ないというか、本質的じゃないってことだ。

この見方で言えば、かの次男が自分が無宗教であることを理由に親殺し(物語中では代わりに召使いが実行)を正当化したことに我々が違和感を持ったのがやはり適当であり本質的であったことがわかるだろう。

 

自分で読んでみてほしい

宗教観ばかりを取り上げてしまったが、『カラマーゾフの兄弟』は他にも支配欲とか権利欲とか物欲、性欲などなど人間の様々な欲望とその衝突が満載の物語だ。ぜひ一読を勧めたいがテキストで読むとクッソ重たいし長いのでまずは漫画版で大筋を掴んでから読むといいだろう。

 

 

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

 

 

 

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

 

 

 

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

未来に先回りする思考法

未来に先回りする思考法

 

 

 

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)